フィリピンの麻薬戦争を扱った映画作品はいくつかありますが、フィリピン映画なので、前提となる情報が省略されているとか、フィリピンのことをある程度知らなければ、理解できない映画ばかりです。その点でいうと、本作がドゥテルテ元大統領の政策、スラムの人々の生活ぶり、殺害された人の家族や、収容所に入れられていた人々のインタビューをから構成されており、非常にわかりやすい作品です。一方で、深掘りが足りず、もっと詳しく知りたいと言うモヤモヤした気持ちが残ります。例えば、貧困にあえぐ庶民は、なぜ麻薬に手を染めるのか? 麻薬を売るマフィアは、どのような形で貧困層と繋がっているのか? 適当に貧しい人を逮捕して金を巻き上げる警察官は、組織としてどうなっているのか? など、フィリピン社会が持つもっと根深い問題はスルーして、ドゥテルテが怪物(アスワン)だという単純な描かれ方をしています。フィリピンのことをあまり知らない外国人向けの作品なのかなと思いました。また、本作は「アジアンドキュメンタリーズ」というサイトに収録されている数少ないフィリピン映画です。私は怪しいサイトで英語字幕にて見ましたが、「アジアンドキュメンタリーズ」ならば、日本語字幕で見ることができるので、その点でもフィリピン入門に良い映画だと思います。タイトルの「アスワン」は、フィリピンの伝統的な怪物のことです。「アスワン」(あるいは「アスワング」と表記する)をテーマに、多くのホラー映画が撮られており、フィリピン人ならばホラー映画だと思うでしょう。このタイトルだけでも、外国人向けかなと思いました。

(Photo cited from MoMA)
「アスワン」のストーリー
ドキュメンタリー映画なので、ストーリーはないのですが、描かれていたことを順番に記述していきます。
カメラマンが、群衆の取材をしているシーンから始まります。どうやら、誰かが殺されたようです。群衆が見守ります。それから、デゥテルテ元大統領が、2016年に麻薬撲滅運動を始めたこと、それにより1月に1000人が殺され、合計3万人以上が殺されたこと、85%のフィリピン人がデゥテルテの麻薬撲滅運動を支持していることなどが語られます。
その後、スラム街に焦点が当たられ、人々の生活ぶり、子供たちの様子が描かれます。子供たちに将来の夢を尋ねたところ、兵士、警察官、密告者という答えが返ってきました。密告者は、たぶん麻薬使用者を警察に密告して報酬を得る人のことだと思いますが、それってスラムでは職業扱いなのでしょうかね?
子供を殺された母親、家族を失ったスラムの人々のインタビューが続きます。その後のシーンがよくわからないのですが、顔に覆面をして、ぬんちゃくのような道具で背中をうちつけ、背中から血を流しながら、街を練り歩く男たちが描かれます。許しを請うためにやっていると言われていましたが、政府から麻薬使用者に課されているのでしょうか? あるいは宗教的なもので自発的にやっているのでしょうか?
次に描かれるのは、収容所送りされた麻薬使用者たちです。まず、上半身裸にされ、広場に集められたのち、収容所に送られていきました。そんな大量の人を入れるので、当然のように中は、すし詰め、明かりもないとのことでした。収容所を経験した人たちの証言によると、警察官は釈放するのに金を求め、ある者は10万ペソを要求されたと語ります。また、ある者は「4万ペソ払わないと、売人を収容する収容所に送るぞ、そこにいくと終身刑になるぞ」と脅されたと語ります。フィリピンでは、警察官は適当に庶民を逮捕して、金を要求するというのは、昔から今まで続いていることなので、麻薬撲滅運動の時には、小遣い稼ぎの良い機会だったのでしょう。今でも空港で職員に麻薬を荷物に入れられ、見逃して欲しければ金を払えと言われるのは、良くあることです。
あと気になったのは、2人乗りバイクで人を殺してまわるグループの存在です。これは、デススクワッドと言われ、有力政治家の私兵です。ドゥテルテを支持するダバオデススクワッド(DDS)が有名です。これは警察官による殺害とは別なのですが、本作では一緒にされています。デススクワッドがその時いったい何のために、どういう人を殺していたのか気になりました。本作は、わかりやすさを重視しているので、正しく描かれていないことがあります。
後半では、反・麻薬撲滅運動の様子が描かれます。ドゥテルテ大統領が悪魔風に似顔絵にされており、その周りを歌いながら踊って、火をつけます。そこで、ちょっと気になるコメントがありました。参加者によれば、デゥテルテ大統領が、トランプ大統領と会談してから悪くなったというのです。そう言えば、現在も、トランプ大統領は「アメリカに麻薬を売った国には、戦争をしかける」と言っていますから、アメリカから何か示唆があったのかもしれませんね。そういう深いところを取材して欲しかったですね。
再びスラムの人々の様子が描かれ、エンディングとなります。
「アスワン」の監督情報
本作の監督を務めたAlyx Ayn G. Arumpacさんは、テレビでドキュメンタリーを制作することが多い人で、プロデューサー兼監督さんです。長編映画作品は本作のみです。おそらく、デゥテルテ大統領の麻薬戦争を描くドキュメンタリーを、西洋諸国から撮るよう依頼されて制作されたのだと思います。トレイラーを見てもらってもわかりますが、多くの海外資本が入っています。なので、非常にわかりやすい入門書的な作風になっているのでしょう。
「アスワン」の作品情報
オリジナルタイトル:Aswang
公開年 2019年
監督 Alyx Ayn G. Arumpac
視聴可能メディア アジアンドキュメンタリーズ(日本語字幕)
怪しいサイト(英語字幕)

