本作はフィリピン映画史上最大の傑作とも言われる「奇跡の女/Himala」のミュージカル映画です。ミュージカル映画というものが、ほぼ日本にはないジャンルなのですが、歌と踊りが好きなフィリピンでは、しばしば名作がミュージカル映画化されます。内容としては、名作「奇跡の女/Himala」のストーリーを、一部を除いてほぼ踏襲しています。とは言え、ミュージカルにすると、街の人々にも焦点が当たり、自分たちの想いを歌ったりするのでやや冗長になってしまいますが、ミュージカルなので、少々長くなっても気にならないと思います。オリジナルからの重大な変更点は、主人公が奇跡を起こせなくなったきっかけです。オリジナルでは、主人公が救えなかった命について、家族が猛烈に騒ぎ立てたことでしたが、本作ではお祈りの最中にレイプされたことになっています。この変更により、主人公が妊娠したことが、処女受胎に結びつかず、単にレイプで子供を宿したことになってしまいました。この変更はいいのかな、と思いましたが、オリジナルも実話をベースにしているようなので、解釈にはある程度の自由が許されているのでしょう。

(Photo cited from MEGA)
「A Miracle」のストーリー
オリジナルと同じように日蝕のシーンから始まります。いかにもミュージカルという感じのセット感丸出しの舞台で、住人たちと主人公のエルサが歌います。エルサは、丘でお祈りを捧げているときに、聖女マリアを見ました。当初は信用されませんでしたが、子供の喘息を癒したことから、一気に、彼女の起こす奇跡が知られるようになりました。喘息くらいで、そんなに大事になるかなと思いましたが・・・。全体的に、オリジナルよりも神秘性が減って、卑近な設定に変わっています。ミュージカルにするときは、等身大の世界観にした方が良いのですかね?
あっという間に、町には診療所が作られ、各地からエルサの治療を受けに人々が集まってきます。その中のひとりにインディペンデントの映画監督がおり、彼女の奇跡をフィルムにおさめます。歌では、エルサの子供時代からの友達との友情も歌われます。住民たちは、エルサの聖水を売り始めます。
訪問者が増えるにしたがって、町では治安の問題が浮上してきました。町長らは麻雀をしながら、そのエルサの聖水に税金をかけることについて話し合います。その後、街の人々がエルサの奇跡に期待していること、マニラに住んでいる時代に辛い思い、恋物語など、街の人々に焦点が当たった歌が展開されます。
大変な問題が起こったのは、エルサが日課にしている、丘でのお祈りの時でした。エルサと女友達が丘にあがると、待ち伏せしていた男たちにレイプされてしまいます。ショックを受けたエルサは、そこから奇跡の力が使えなくなってしまいます。しばし、エルサの悲しみや、友達からの優しい慰めの歌が繰り広げられます。友達は、町で自殺した人がいたので、神様が怒って、奇跡を取り上げたのではないかと、自説を展開し、エルサを慰めます。
そんな慰めの効果があったのか、雨が降らず荒れ果てた町に、雨が降り始めました。町の人たちは奇跡が復活したと歓喜します。また、エルサが産婦人科にかかるところが目撃され、処女受胎だと言って、町の人々は騒ぎます。ミュージカルですから、すぐに人々で町はあふれかえります。
そんな町の人たちに危機感を持ったエルサは、町の人々を集め、「世の中には奇跡はない。自分は処女受胎ではない。自分が聖女をみたというのも本当ではない」と言ったところで、何者かに撃ち殺されてしまいました。人々は、その悲劇に、ますます神秘性を感じ、エルサの遺体を高々と担ぎ上げ、行進します。そしてエンディングです。
大きなストーリーは変わらないのですが、やはりレイプのシーンが気になります。また、オリジナル版では、人々がまた奇跡に依存することに危機感を持ったエルサが、「奇跡はない」と宣言するのですが、ミュージカル版では、エルサの内面が描き切れないこと、レイプシーンにより処女受胎の神秘性がなくなってしまったことから、本当に聖母をみてなかったのかな・・・という感じになってしまいました。エルサを演じたのもオリジナルでは伝説的な女優、ノラ・オノールでしたが、ミュージカル版では歌える普通の女性なので、神秘的な要素は極力取り除いたのかもしれませんね。ミュージカル版の良いところは何と言っても歌です。みなさん、ミュージカル俳優なのだと思います。非常に歌がうまく、エルサ以外の人々にも焦点が当たっており、見やすさという意味ではミュージカル版の方が見やすいと思います。
「A Miracle」の監督、出演者情報
本作の監督をつとめたPepe Dioknoさんは、デビュー作の「Engkwentro」で、有力政治家が所有する私兵「死の自警団」をテーマにした作品を撮り、直近では「GomBurZa」でスペイン統治時代に、スペイン人司祭から差別されるフィリピン人司祭を描くなど硬派な作品を撮り続けていた監督さんです。やはり大衆性がないと食っていけないので、大きく転向したのでしょうか? 今後の作品が気になりますね。出演者は、やはり普通の俳優たちではなく、音楽に関わりつつ、時々俳優として映画やテレビにも出るという人たちです。主人公のエルサを演じたAicelle Santosさんの本職は、シンガーソングライターです。
「A Miracle」の作品情報
オリジナルタイトル:Isang Himala
公開年 2024年
監督 Pepe Diokno(Engkwentro)
主なキャスト Aicelle Santos
Bituin Escalante
David Ezra
視聴可能メディア Netflix(英語字幕)


