世界的に名を知られているドキュメンタリー映画監督、キドラット・タヒミックさんの2本目の作品です。とは言え、この時代は、子供と一緒に、趣味でホームビデオを撮っていたのだろうなという作風です。アポロ宇宙船が、月面に着陸した偉業(1969年)に大いに影響を受けたようですが、それ以前に撮られた映像も混ざっており、自分のお手製の月面着陸計画映像を撮ったのちに、撮りためた映像とつなぎ合わせて作品化したものと思われます。この時代のホームビデオは8mmでしょうが、そんなものを持っていたフィリピン人は極めて少数でしょう。楽しいおもちゃを使って、「おとうさん張り切っちゃいました」という作品です。オリジナルタイトルは、「誰がヨーヨーを発明したか? 誰が月面バギーを発明したか?」という意味です。

(Photo cited from シネマトリックス)
「月でヨーヨー」のストーリー
アポロ計画の紹介から始まります。人類は、月面に上陸し、バギーも走らせ、石も持ち帰った。では、月でヨーヨーをしたものがいたか?と、問いかけます。どうやら、ヨーヨーは、もともとフィリピン人が狩猟のためにつかう道具だったようで、それがアメリカに持ち込まれ、子供向けのオモチャとなったのだそうです。また、月を走ったバギーを発明したのは、フィリピン系アメリカ人であることも語られました。これは、新しいフィリピンに関するトリビアが増えましたね!
そんなわけで、主人公(タヒミック監督)は、子供と一緒に廃材を使って、宇宙服や靴などをクラフトします。もちろん、本格的なものではなく、遊びのレベル、あるいはアート的なモノづくりです。
おそらく、作品に頻繁に出ていた子供は、監督自身の子供で、途中で難しいことを喋っていた西洋人は、監督の奥さんだと思います。子供たちとは、英語で喋っており、時々ドイツ語が混ざります。子供たちの恰好からして、子供とロケットや宇宙服を作っていたシーンは、ヨーロッパで撮影されたものと思われます。子供も、フィリピンはどこ?と聞いたりもします。
バギオ市長だった監督の母とのシーンが回想されたり、フィリピンの聖母関連のお祭りのシーン、アメリカのヨーヨーとフィリピンのヨーヨーの比較、たまねぎを使った実験など、適当にいろんなことをして、いよいよロケット作りに入ります。とは言え、廃材をつかったオモチャのようなものなのですが・・・。
B級ですらないZ級の特撮映像で、ロケットが打ち上げられ、最後は、監督が月の上でヨーヨーをして終わりです。
日本で言えば、寺山修司の映画から、おどろおどろしいところを除いたような作風でした。また、タヒミック家のプライベートなところが、たくさん作中にあらわれており、タヒミック監督を知るためには貴重な映像じゃないかと思います。
「月でヨーヨー」の監督情報
本作の監督をつとめたKidlat Tahimikさんは、フィリピンのインディペンデント映画の父と呼ばれる監督さんです。本作のようなホームビデオ映像から映画監督になったのですね。ヨーロッパでのシーンが多いのは、監督は、1968年から1972年までパリのOECDで働いていたためです。めちゃくちゃエリートですね。この時代のフィリピンで、アメリカの大学でMBAを取っています。
「月でヨーヨー」の作品情報
オリジナルタイトル:Sinong lumikha ng yoyo? Sinong lumikha ng moon buggy?
公開年 1979年
監督 Kidlat Tahimik(フィリピンふんどし日本の夏)
視聴可能メディア 怪しいサイト(日本語字幕!)
