フィリピンで国際的な大きな賞を取った映画監督さんは、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したブリランテ・メンドーサ監督と、この作品でベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したラヴ・ディアス監督の2人だけです。その次のランクが、リノ・ブロッカ監督とキドラット・タヒミック監督というイメージです。しかし、このラヴ・ディアス監督は、4時間、6時間など非常に長い映画、しかも白黒映画をつくることが多く、商業性は全くありません。作品が、映画館で一般上映されることはなく、動画配信サイトに収録されたり、DVDとして発売されることも、ほとんどありません。日本では、東京国際映画祭などの映画祭でお目にかかるしかないのが、ディアス監督の映画です。しかし、本作の1本だけがDVDで見ることができます。さすが、金獅子賞受賞作品ですね。本作も4時間弱という長尺ですが、ディアスの映画としては、あらすじがはっきりしている作品なので、「名前は聞くことのある監督さんだし・・・」」「フィリピンで歴史的快挙をなしどけた監督さんだし・・・」などの動機で見るには、おすすめの作品です。

(Photo cited from Amazon.jp)
「立ち去った女」のストーリー
香港が中国に返還され、ミンダナオ島で営業していた香港企業が去り、治安が悪くなったというニュースから始まります。確かに、90年代には香港との合作映画も多く、英語を教育言語とする数少ないアジア諸国として、密接な関係があったようですね。
その後、50がらみの女(ホラシア)が登場します。彼女は、他の女たちと農業に従事して、共同生活をしています。のちに、彼女がいるのは刑務所であることがわかります。彼女は刑務所の中で、他の囚人に読みを教える立場です。のちにわかりますが、彼女は殺人の冤罪を着せられ、30年服役してきたのです。香港返還から服役を開始して30年経ったのかと思いましたが、途中でマザーテレサが亡くなったニュースが流れたので、本作の時代は90年代後半。服役が始まったのは、1960年代ということになります。
しかし、ある日、殺人事件の真犯人がわかり、ホラシアは釈放されることが決まります。彼女は、刑務所長に、自分が出所したことを、事件関係者に伝えないで欲しいと念を押して出所します。しかし、フィリピンでは冤罪で収監されても補償金みたいなものはないのでしょうか? 特にそうした描写はありませんでした。
事件の真相は、ホラシアの元恋人が、彼女を陥れるために、貧しい女を雇って殺人を行い、その罪を彼女に着せたのです。そして、元恋人は、大金持ちで、街の有力者です。元恋人が、そんなことをした理由が作中で明かされませんでしたが、ホラシアは、自分が結婚したときに腹を立てていたと語ります。また、彼女が服役しているうちに、夫は亡くなっており、子供たちはどこかにいなくなっていました。
ホラシアは、まず自分の家に戻ります。すると、家を管理する女が住んでいました。ホラシアは、しばらく家でゆっくりしたのち、自宅と土地を売って、管理人の女に譲ることにしました。そして、自分を陥れた男(ロドリーゴ)に復讐するために、動き始めます。
まずは、ロドリーゴに関する情報を集めなければなりません、路上で知り合った人、食堂、教会の近くでロウソク泥棒をしている女などと知り合い、彼らと関係を深めることで、ロドリーゴの行動を把握します。情報を集めることが目的ではありますが、ホラシアが本質的に親切な人なのだろうということがわかります。
ロドリーゴが、毎週教会に行く時間、座る席、周囲に座る人たちの情報などが得られ、拳銃を購入したホラシアは、いつでも復讐を決行できる状態になりました。しかし、路上で知り合ったトランスジェンダーの娼婦が、路上で暴力を振るわれたのちレイプされ、彼女の家に転がり込んできたことから、復讐決行は延期されます。
(ネタバレ)しかし、トランスジェンダーの娼婦は、ホラシアの家の中で冤罪に関する記事を勝手に盗み見てしまいました。一時は、怒りのあまり娼婦に拳銃を突きつけたホラシアですが、落ち着いたのち、彼女に事件のあらまし、そして自分が復讐するつもりだったと語ります。「あなたが転がり込んでこなければ、今頃はとっくにロドリーゴを教会で殺していた」と言って、ホラシアは、娼婦に感謝の言葉を伝えました。
しかし、娼婦は翌日いなくなってしまいました。彼女を探すホラシアですが、やがて「トランスジェンダーが、ロドリーゴを教会で殺した」というニュースを耳にします。警察に捕まった娼婦は「親切にしてくれた人のために殺した」とだけ自白し、その後は口を閉じました。しかし、「その情報だけでも、ホラシアにまで捜査の手は届くでしょう、余計なことを言うなよ」とは思いましたが・・・。
結局、人生の目的を失ったホラシアは、路上で知り合った人たちに聖書の逸話になぞられて自分の経験を語り、人を探しにマニラに行くことを伝え、(おそらく)ミンダナオ島を去りました。フィリピン映画では、マニラに行くときは、必ずフェリーが映し出されますね。時代は違うとは言え、今もダバオからマニラまで長距離フェリーがあるようです。現代では60時間かかるとのことです。フェリー好きの自分としては乗ってみたいです。
ホラシアが、マニラに来たのは、行方のわからない息子を探すためでした。至るところで、人探しのビラを配ったホラシアですが、みつかりません。大量に路上に破棄されたビラの上を、ホラシアはグルグルとまわります。そしてエンドロールです。
ストーリーを書きだすとシンプルですが、実際には路上でのバロット売りの男とのシーン、ロウソク泥棒とのシーンなどがたっぷり描かれます。フィリピンでは時間の感覚が、我々と全く違いますから、ちゃんとフィリピンの時間の流れで描こうとすると、4時間くらいかかってしまいますね。普段見ている、2時間程度のフィリピン映画は、西洋的な時間に押し込められているのかなと思いました。
「立ち去った女」の監督、出演者情報
本作の監督をつとめたラヴ・ディアス監督は、冒頭でも紹介したようにベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した名監督です。非常に長い映画で知られています。もともとは、新聞記者だったようです。司馬遼太郎も元新聞記者でしたから、職業病で長くなってしまうのでしょうか? ホラシアを演じたCharo Santos-Concioさんは、大ベテランの女優さんで、1955年生まれ、最初に出演した作品は1976年です。
「立ち去った女」の作品情報
オリジナルタイトル:Ang babaeng humayo/The Woman Who Left
公開年 2016年
監督 Lav Diaz
主なキャスト Charo Santos-Concio(カトリックスクールの怪異)(たとえ嵐が来ないとしても)
John Lloyd Cruz
Michael De Mesa
視聴可能メディア TSUTAYA DISCAS(日本語字幕)