表題のとおり、2025年東京国際映画祭で上映された唯一のフィリピン映画が本作です。昨年も同監督の「ファントスミア」だけだったので、この2年はフィリピン映画はあまり評価されていませんね。とは言え、ベテランのインディー映画監督さんが、年をとって歴史大作を撮るというのは、良くあるパターンで、本作にはかなり期待していたのですが、はっきり言って期待外れでした。ディアス監督らしく、肝心なシーンを撮らずにはぐらかし、その前後のどうということのないシーンを長回しで撮るという作風が、完全に裏目に出ていました。やはり、マゼランと言う歴史上の人物を描くためには、どうしても正面から描かなければならないシーンがいくつもあります。そういうシーンを撮るのにお金がかかるのはわかりますが、そこから全て逃げて、予算のかからない前後のシーンだけ描くというのでは、歴史映画は成立しません。市井の人の何ということもない小さな事件を扱うならば、ディアス監督の手法でも良かったのかもしれませんが、歴史映画では、ただ予算のかかるシーンから逃げているだけにしか見えず、フラストレーションが溜まる映画でした。上映後のまばらな拍手が、観客の不満足をあらわしていました。

(Photo cited from IMDb)
「マゼラン」のストーリー
ほぼ全裸の女性が、侵略者である西洋人に出くわすシーンから始まります。「フィリピン上陸から始まるのか?」と思ったら、だいぶたって、それがマラッカであったことがわかります。そこで、フェルドナンドと呼ばれていた将校が、マゼランであることが1時間くら経ってようやくわかりました。そのくらい予習しておけよと言われれば、それまでですが、予習不足の人のために、誰が主人公かくらい最初にわかりやすく示して欲しいですね。マゼランの母国であるポルトガルにとって、マラッカ征服は、香辛料をイスラム商人を通して買わなくても良くなり、イスラムを地上からなくすための、キリスト教的に良い行いであると捉えられていることがわかりました。
その後、ポルトガルのシーンに移ります。マゼランは、ポルトガル王に、西まわりの新航路を開拓する案を奉じるのですが、全く相手にされません。マゼランは、この案で喜望峰もゴアもマラッカも通らなくて良くなると主張するのですが、さっきマラッカを陥落させたばかりなのに、なぜマラッカを経由しなくて良いというのがメリットになるのかわかりませんでした。結局、マゼランの案は相手にされず、マゼランはポルトガルを見放し、スペインの支援を受けることになりました。ここもダメなことに全く説明がありません。教会の司祭のような人が、マゼランの航海を承認するシーンはありますが、それがスペイン王の支援によるものであることは描かれません。ポルトガル王に愛想をつかしてスペイン王に支援を受けることになったならば、スペイン王にどう評価されたのかを描く必要があると思うのですが、スペインの支援によって承認されたことさえわからないように描かれます。
その後、ようやく航海に出ることとなります。しかし、マゼランの船はアフリカ沖でちんたらしているらしく、スペインからお目付け役で来ている副艦長の不興を買います。マゼランは、その理由を説明することもなく、のちのシーンで副艦長を処刑しました。また、船員が同性愛に耽ったため、規則に基づいて2人を処刑しました。ついでに、副艦長と結託しているのではないかと疑念を抱き、同伴している司祭さえ、途中の無人島に置き去りにして殺しています。航海に、こうした負の部分があることを描くのは良いのですが、全く航海シーンがありません。全編を通して、帆が風をはらむシーンさえありません。また、マゼランの行動によって、船員たちがどのような影響を受けたのかなどが描かれることもありません。
いつしか太平洋に到達し、船員が100人以上死んだと語られます。みな、飢えからなのか、脱水からなのか、生き残っている船員もほぼ甲板で転がっているだけという状況です。100人も死んだなら、航海に支障もあるはずですが、そういうことは描かれません。そもそも、マゼランが船長としてなにかやったというシーンは処刑しかありませんでした。
そんな状況で、ようやく島を発見したようで船員に歓喜が起こります。ここで、船から島が見えるシーンを入れて欲しかったですが、次のシーンが島民が死者を海に流すシーンです。マゼラン一行が殺戮したのでしょうか? しばらくして、その島がセブ島であったことがわかりました。
次のシーンでは、マゼランが族長を通して島民をキリスト教に教化するシーンです。この映画で生き生きしていたのは、このシーンだけです。マゼランは通訳を介して、「キリスト教によって原罪が許される」と言ったことを説きます。キリスト教に未接触の段階で、原罪だとか、罪が許されるという概念が理解されるはずもなく、それに対応する言葉があるはずもないのですが、そこはマゼランの無知を描いているのか、監督自体の考えが足りないのか、わからないシーンが続きます。ただ、この滑稽さ、愚かさを描いているのだとすれば、それが愚かなことであるとわかるシーンは入れて欲しかったですね。
(ネタバレ)結局、教化されたと思っていた島民が、マゼラン一行と戦うこととなり、マゼラン一行がほとんど全滅して、物語は終わります。ただ、この戦いも描かれず、戦いが終わって、人がたくさん倒れている風景の中で、マゼランらしき男がフラフラと立ち上がってやがて息絶えるシーンが長回しで描かれるだけです。
総じて、描くべきシーンを描かないという手法が完全に裏目に出て、消化不良しかない作品となっていました。そもそも、映画監督として、観客に良いシーンを見てもらおうという意思がない時点で駄目でしょう。60歳を過ぎて初めて得たメジャー映画の機会をこんなかたちで無駄にするようならば、次の機会はあげなくて良いでしょう。もうずっと、インディー映画を撮ってもらいましょう。
「マゼラン」の作品情報
オリジナルタイトル:Magalhães
公開年 2025年
監督 Lav Diaz(立ち去った女)
主なキャスト Gael García Bernal
Ângela Azevedo
Amado Arjay Babon
視聴可能メディア なし(映画館にて視聴)

