このテーマは、国と時代の違いを超えて、人類に普遍的なテーマではないでしょうか? 本作では、男が売春婦に惚れて、結婚しようとするも、家族の反対や、周囲のよこしまな視線が障害になり、徐々に、男の方が彼女の過去に捕らわれてしまい、決定的に2人の関係が壊れてしまいます。見ていると、元売春婦の彼女が、普通の社会で生きようとしたときに経験する出来事は、愉快なものではなく、男は、彼女はそんな思いをしていることに気づかないだろうなと思ってしまいました。タイトルは「あなたは、わたしをLagaya(喜び)と呼ぶ」という意味です。Lagayaは、女の源氏名でもあります。男に喜びを与える売春婦の覚悟を示したタイトルだと思います。

(Photo cited from IMDb)
「Ligaya ang itawag mo sa akin」のストーリー
農村で若い女(リガヤ)がはしゃいでいるシーンから始まります。農民の若い男(ポルディン)が、その女にひとめぼれします。今も同じなのかわかりませんが、農村では水牛を使って農作業をしています。ポルディンは、バーのようなところでリガヤを発見し、熱心に口説きます。このバーのようなところは、一般のお客さんもいますが、売春婦が客を取る場所にもなっているようでした。
ある日、リガヤが働いている売春宿に、新しい女が連れて来られました。彼女は、売春宿で働くことを泣いて拒否していたのですが、宿のおかみに鞭で打たれ、「お前は叔母に売られたんだ」「売春婦になることを運命づけられた女は、売春婦になるんだ。売春婦として死ね」と凄い言葉を浴びせます。この言葉が、本作で一番印象に残ったシーンです。おかみが去ったあと、他の売春婦が黙って、鞭で打たれた女の傷を手当します。
翌日、市長が売春宿の視察にやってきました。どうして視察?と思いましたが、市長は気に入った女を指名して、部屋の中に消えました。まあ、癒着関係ということでしょう。
さて、翌日もポルディンは、バーでリガヤを熱心に口説きます。リガヤは、彼を部屋に連れて行き、「私を抱きたいんでしょ?」と言って、さっさと行為をしようとしますが、ポルディンは「そういうことじゃない」と言いながら、結局2人は身体の関係になりました。翌日、2人は親密な雰囲気でデートを楽しみますが、リガヤは「自分はゴミだ。どうせ外の世界には出られない」と、彼のアプローチを拒絶します。すると、ポルディンは「じゃあ、結婚しよう」と提案し、リガヤは満面の笑みで、彼のプロポーズを受けました。
リガヤは、浮かれながら、売春宿をあとにします。しかし、おかみは「あんたの部屋は空けておくよ。みんな戻って来るんだ」と、浮かれるリガヤに冷や水を浴びせます。しかし、金で売られてきた女がいる一方で、リガヤは自由に出ていけるようです。この売春宿はどういう仕組みで女たちを縛っているのでしょうか? リガヤの水揚げにかかるお金の話は出てきませんでした。この点は、売春婦との結婚というテーマでは、重要な点だと思うのですが、フィリピン映画らしく曖昧ですね。
2人は仲睦まじい生活をスタートするのですが、ポルディンの母親に見つかってしまいました。母親は、「なぜ私に紹介しないんだ。まともな女なら紹介できるはずだ」と激怒します。リガヤが元売春婦じゃないかとピンときたのでしょう。母親はずっとリガヤに敵対的な態度を取りますが、ポルディンは「母には何を言ってもどうしようもない」と言って、母親への紹介を経ずに、結婚を既成事実化する考えです。時に母親の肩を持つポルディンの態度に、リガヤは苛立ちます。これは、どんな社会でも同じですね・・・。
決定的なことは、ポルディンの父親の行動によって起こりました。父親は、売春宿の常連で、いつものようにお気に入りの女と寝ていたところを、妻(ポルディンの母)に発見されてしまいます。また、その際に、リガヤが売春婦だったことを知ってしまいました。当然のように、母親は大激怒し、2人の結婚には断固反対という態度を固めました。また、父親は家を追い出され、ポルディンらの家に転がり込んできました。父親は、リガヤによこしまな視線を送ります。
ある日、2人が教会に行った際、リガヤは懺悔部屋で、自分がレイプされたことを告白します。おそらく、ポルディンの父親によるものだと思われます。ところが、その懺悔を聞いていた司祭が、彼女の元客で、「ずっと君が来るのを待っていた」と言って、彼女にアプローチします。びっくりして、リガヤは逃げ出しますが、司祭とも関係を持っていたことを知ったポルディンは、リガヤへの不信感をいっきに高め、2人は口論が絶えなくなってしまいます。そして、あまりに過去の関係を詮索するポルディンに絶望したリガヤは、売春宿に戻りました。
戻って来たリガヤに、おかみは優しい態度で接します。しかし、まだ経験の短い売春婦の希望を打ち壊すものでした。リガヤは「男は彼だけじゃないわ」との慰めに「男なんてみんな同じよ」と絶望をあらわします。
ところが、売春宿は行政の手入れの対象となり、ある日突然閉鎖となりました。おかみは、売春婦たちに謝罪し、有り金を分配します。しかし、その場に、リガヤはおりません。
時が経ち、リガヤが農村の男の家に転がり込んでいることがわかりました。ポルディンは、ウエディングドレスを持って、彼女の前にあらわれます。リガヤの表情は、喜びで満たされます。そしてエンディングです。
他の男の家で同居している女の元に、ウエディングドレスを持ってプロポーズするって、おかしいでしょう?と思いますが、バッドエンドにしたくなかったのでしょう。しかし、本作のキモは、ラストではなく、売春婦であるリガヤが外の世界で受ける仕打ちであり、そのことに鈍感な男を描くことだったのでしょう。男は、母親とのあいだでバランスと取って合理的な態度を示したつもりでしょうが、全面的に味方をするくらいの心持ちでなければ、ダメだったんだなと思いました。
「Ligaya ang itawag mo sa akin」の監督、出演者情報
本作の監督をつとめたCarlos Siguion-Reynaさんは、監督として90年代を中心に活躍しましたが、最近では俳優として活躍しているようです。俳優が晩年に監督になるほうが一般的だと思いますが、珍しいパターンですね。主役のリガヤを演じたRosanna Rocesさんは、かなり西洋人顔です。昔のフィリピン映画を見ると、西洋人顔の男女が主役を務めていることが多く、昔のフィリピンの価値観がわかりますね。男の主役を演じたのは、John Arcillaさん。汚職警察官を演じたらナンバーワンと、私が思っている俳優さんです。この時代は、まだ若く未成熟な男を演じていました。
「Ligaya ang itawag mo sa akin」の作品情報
オリジナルタイトル:Ligaya ang itawag mo sa akin
公開年 1997年
監督 Carlos Siguion-Reyna
主なキャスト Rosanna Roces
John Arcilla(メトロマニラ 世界で最も危険な街)(Ten Little Mistresses)(Birdshot)(アントニオ・ルナ -不屈の将軍-)(存在するもの)
Isabel Granada
視聴可能メディア Youtube(英語字幕)

